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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(あ)347号 決定 1988年7月18日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人高田の弁護人吉田file_19.jpg外一名の上告趣意は、判例違反をいうが、所論引用の判例は、いずれも事案を異にして本件に適切でなく、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人澁谷、同加藤、同榎本の弁護人岡file_20.jpg格外三名及び被告人加藤の弁護人青山周連名の上告趣意のうち、憲法三一条、一四条一項違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点では、所論引用の判例は、いずれも事案を異にして本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人澤本人の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、憲法三八条二項違反をいうかのような点は、記録を調査しても所論各自白調書の任意性を疑うべき証跡は認められないから前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人澤の弁護人井本台吉外五名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、いずれも、事案を異にして本件に適切でない判例を引用するか、判例の具体的摘示を欠く主張であり、その余は、違憲をいうかのような点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、原判決の認定によれば、本件は、殖産住宅相互株式会社、日本電気硝子株式会社その他の株式会社の株式が東京証券取引所等において新規に上場されるに先立ち、あらかじめその株式が公開された際、贈賄側の者が公開に係る株式を公開価格で提供する旨の申し出をし、収賄側の者がこれを了承してその代金を払い込むなどしたという事案であるが、右株式は、間近に予定されている上場時にはその価格が確実に公開価格を上回ると見込まれるものであり、これを公開価格で取得することは、これらの株式会社ないし当該上場事務に関与する証券会社と特別の関係にない一般人にとつては、極めて困難であつたというのである。以上の事実関係のもとにおいては、右株式を公開価格で取得できる利益は、それ自体が贈収賄罪の客体になるものというべきであるから、これと同趣旨に出た原判断は、正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官島谷六郎 裁判官牧圭次 裁判官藤島昭 裁判官香川保一裁判官奧野久之)

弁護人吉田file_21.jpg、同竹上英夫の上告趣意(昭和五九年八月二九日付)<省略>

弁護人岡file_22.jpg格、同淺見敏夫、同木下良平、同河本仁之、同青山周の上告趣意(昭和五九年八月三〇日付)

第一点〜第三点の一<省略>

二、原判決は、適正な対価の支払により利益でないものを賄賂の客体とした点で理由そご及び重大な法令違反を犯しているとともに、上場直後に株式を処分する意図が存しなかつたものと認定しながら、右処分により差額を取得し得る期待的利益が存するとなす矛盾を犯しており理由そごの違法を犯している。

即ち、

(一) 原判決は「被告人らの間で授受された賄賂は、右殖産住宅の新株一万株について株券交付日にその株主となるべき地位であり、右地位は、右株式の上場直後の値上がりにより、その上昇した価格と発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとみることができる」と判示する。

1 ところで賄賂とは「職務に関する行為の対価としての財産上不法な利益」であることは、判例学説の一致して認めるところであり、原判決も「職務に関する財産上不法な利益」と判示している。

そうだとすれば、まず賄賂の内容とは「財産上不法な利益」であるべきものであり、これが利益である以上適正な対価を交付して取得した物あるいは地位等は利益には当たらず、したがつて賄賂の内容をなすものと言えないことはもとよりである。

もともと適正な対価の交付によつて取得した場合において、その物あるいは地位等が格別「利益」となるものでないことは、現代社会における等価交換の法原理からしても言うまでもないところであり、利益が生ずるのはあくまでも無償ないしは著しい廉価による取得によつてであることはもとよりである。

ところで本件においては、客観的にもつとも適正かつ妥当な価額であると認められる公開価格をもつて新株の割当がなされ、右公開価格の払込が行われ、これによつて新株につき株主となるべき地位の取得がなされたものなのであるから、かく適正な対価の支払がなされたものである以上、そこに何んら利益が生ずる余地はなく「新株について株券交付日にその株主となるべき地位」が賄賂であり得るはずがない。

賄賂とは前述のとおり、あくまでも「利益」であるべきであり、したがつて公開価格の払込という適正な対価を交付して取得したものが「利益」となり得るはずがないことからしても当然のことである。

もし適正な発行価格の払込によつてもこれが賄賂であるとする原判決の論法をもつてなすとすれば、無償で親引株の割当をうけこれを取得した場合と、適正な公開価格による代金の払込をなしてこれを取得した場合とで全く同一ということになり、これが賄賂の概念より逸脱し、全く恣意的な解釈をなしたことになることはいうまでもないところである。

2 ところで原判決は、「期待的利益」が利益に当たるとしているものであるが、原判決の説く「期待的利益」とは「株式を上場直後において処分すること」を前提とし、その株式が上場直後において上昇した価格になることに伴い処分することによつて「発行価格との差額を取得し得る」とするものである。

したがつて、右「期待的利益」の前提である「株式を上場直後において処分すること」が当事者間で目的又は意図されなかつたとしたならば、「期待的利益」の発生する余地は全く存しないものである。その場合においては(期待的)利益ではなく、単なる利益への期待が存するのみとなることは当然の事理である。

本件において当事者即ち被告人渋谷、加藤、榎本、西端及び高田において「株式を上場直後において処分する」ことの意図もなければもとよりかかる合意も存しなかつたものである以上、原判決の説く「期待的利益」が利益とされることはあり得ないものと言わざるを得ない。

以上のとおり、原判決は、もともと適正な対価の支払である公開価格の払込によつて、それ自体ではなんら利益とみる余地の存しない「新株について株券交付日にその株主となるべき地位」を賄賂の客体としたものであつて、利益に当らぬものを賄賂となした点で理由そごの違法が存し、判決に影響を及ぼすべき重大な法令違反に当り、これを破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

(二) 次に、原判決は「(株主となるべき)地位は、右株式の上場直後の値上がりにより、その上昇した価格と発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものである」と断じ、さらにすすんでこれが財産上不法な利益にあたる理由として「株主となるべき地位は、その株式を上場直後の上昇した価格によつて処分することにより発行価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだもの」であるとする。

ところで本件においては、殖産住宅側の被告人即ち被告人渋谷、加藤、榎本及び西端においてはもとより被告人高田においても、上場後直ちに親引株を売却して差額を取得することを意図して居らず、あくまでも将来有望な資産株として投資目的でこれを割当て、又かかる目的で引受け払込みをなして取得したものであることは明白であり、ことに殖産住宅側の各被告人にあつては、岡村、高田が上場直後に売却する意図であるなど全く予想もしていなかつたところであり、事実高田は株式を全く売却せず現在に至るまで引続き保有している。

この点については、原判決も「……被告人加藤、同渋谷ら贈賄者の側においても……岡村が右株をいつどのように処分し、どのような利益を取得するかについての具体的な認識はなく、……」また「被告人高田は、取得した株式につき、上場始値で売却したこともあるが、上場後しばらく経過してから売却した場合が多く、処分せずに保有しているものもあるのであつて、これらすべてについて上場始値により処分しその価格と公開価格との差益を得ようとしたものとは決して認められず、前記の役員、社員らの贈賄者側においても、高田が各株式をどの時期にどのように処分するかについては別段考えていなかつたものと認められる……」と判示しているのであつて、これよりすれば、殖産住宅の各被告人及び高田には、「上場直後の上昇した価格によつて処分する」意図が全く存しなかつたものであることが明らかである以上、上場直後の売却処分を前提とする「発行価格との差額を取得し得る期待的利益」は、もはや成立する前提を失つたものとせざるを得ないことは極めて当然のことである。

そうだとすれば、原判決は一方において「上場直後の上昇した価格によつて処分する」意図が存しなかつたものと認定しながら、他方において「上場直後の上昇した価格によつて処分することにより発行価格との差額を取得し得る期待的利益」が存するとしているが、これは明らかに矛盾するものであつて、原判決の理由にくいちがいが存することは明らかである。

原判決が賄賂の内容として挙げる「株式を上場直後の上昇した価格によつて処分することにより発行価格との差額を取得し得る期待的利益」ありとするには、「上場直後の上昇した価格によつて処分する」ことが当事者間において目的又は意図され、かかる両者の合意に基づき親引株の割当がなされたということでなければならない。

もし仮りに上場直後において処分することが当事者において全く考えられていないとするならば、その場合処分によつて発行価格との差額を取得し得る期待的利益があり得るはずがないことはもとよりである。

したがつて原判決のいう「処分によつて発行価格との差額を取得し得る期待的利益」が賄賂の内容をなす財産上不法な利益であるとすれば、それは上場直後の処分ということが授受当時において当事者間に目的又は意図されている場合においてのみ成立するということができるのであり、上場直後において処分する合意が存しない以上、かかる期待的利益が生ずる余地はない。

しかるに、原判決は、一方においてかかる処分の意図も合意も存しないものと認定しながら、他方において発行価格と上場直後の上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益ありとする重大かつ根本的な矛盾を犯しているものである。

この点において原判決には理由不備ないしそごの違法が存することは明らかであり、これが判決に影響を及ぼすべき重大な法令の違反に当るものとして破棄しなければ著しく正義に反することとなることは明らかというべきである。<以下、省略>

被告人の上告趣意(昭和五九年五月一四日付)<省略>

弁護人井本台吉、同兼平慶之助、同野玉三郎、同長野法夫、同宮島康弘、同布施謙吉の上告趣意(昭和五九年八月二九日付)

序論<省略>

第一点 原判決は、法令の解釈、適用の誤り、審理不尽、理由不備、理由齟齬の各違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある。

一、原判決は、被告人沢らと被告人岡村の間で授受された賄賂は、日電硝子の売出株式二万二、〇〇〇株について株券受渡期日にその株主となるべき地位であり、右地位は、右株式を上場直後の上昇した価格によつて処分することにより売出価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものとし、賄賂の授受行為の時点において日電硝子の株式の一株につき少なくとも三〇円の利益が見込まれたことになり、その二万二、〇〇〇株分として少なくとも六六万円相当の期待的利益が被告人沢らと被告人岡村との間で授受されたものとみて差支えないというべきであると判示している。

原判決は、日電硝子の株式の公開価額算定にあたつての推定株価は一株約三〇〇円と算定されていたこと、被告人岡村は右株式について上場後は一株三二〇円くらいまでは上ると思つていた旨供述していること、被告人沢は、上場された後は低く見ても三〇〇円くらいになると思つていた旨供述していること等を理由に、前記賄賂の授受行為の時点において、日電硝子の株式は、上場直後に少なくとも一株三〇〇円以上の価格で取引されるとの予測ができたものと客観的に認められるものであるとするのであるが、要するに上場直後に取引されると予測できたとされる右三〇〇円は、公開価額算定にあたつての推定株価であり、利益とされている三〇円は株式の公開を適正に行なうための若干の調整(通常は一〇%程度のディスカウント――大和証券作成の「新規上場の手引」三八頁)分である。

新規上場にあたつての公開価格の決定方法として、大会社の場合は類似会社比準方式によつており、類似会社として新規上場会社ときわめて類似する上場会社を通常三社程度選定するが、この類似会社の選定いかんによつて算定される推定株価は大きく相違する。そのため類似会社の選定については、幹事証券会社があらかじめ証券取引所の了解を得て決定し、公開価額の算定をするのであるが、かくして選定した類似会社三社が新規上場会社ときわめて類似し上場会社の公開価額算定のための類似会社として適切であるかの保証はなく、若しその選定を誤り業績が良く株価の高い優良企業が多く選ばれたならば不当に高い公開価額が算定されることになり、公開株式の買受人に不測の損害を蒙らせる虞れがある。さらに、公開価格の決定は、幹事証券会社が大蔵省と折衝するぎりぎりの直近のところから遡つた一ケ月の類似会社の平均株価(日電硝子の場合は昭和四八年二月二六日から三月二四日までの終値)をとつて算定し、上場日のおおむね二〇日以内に決定するよう指導されており(日電硝子の場合は上場日より二一日前の四月二日の臨時取締役会で決定)、右のとおり公開価額算定のための類似会社の平均株価が上場日の約一ケ月前から遡つた一ケ月間であるため、この間の市況の変動により前記により算定された推定株価は必ずしも適切な価格とするを得なくなり、この予測は不可能であつて、若しこの間に株式市況が下落傾向にあれば公開株式の買受人に不測の損害を蒙らせる虞れがある。

以上のような、類似会社の選定に起因する危険、および公開価額の算定、決定から上場日までの変動リスクを考慮し、これらの危険負担として売出公開にあたつては所有株式を放出する大株主が推定株価の通常約一〇%を一律に負担するものであつてこれがディスカウントと呼ばれるものである。ディスカウントとの呼び名が正鵠を射たものでないため、右のような危険負担ではなく、単なる値引きと誤解され易いのである。

右ディスカウントにより、類似会社を選定し公開価額を算定した幹事証券会社、これにしたがつて右公開価格を決定した上場会社、及び公開株式の売主である大株主は、前記諸理由により上場後の株価が公開価格を下回ることになつても、公開株式の買受人に対し過失による損害賠償義務を免れ、右買受人も右損害賠償請求権を有しないとされるものであつて、このような危険を担保するためすべての買受人に対し一律に右大株主が負担するディスカウントをもつて利益の授受などと言うを得ないものである。

したがつて、日電硝子の株式公開にあたり、前記危険負担の対価として大株主である日本電気がすべての公開株式引受人に対し負担した一株につき三〇円のディスカウントをもつて、改正前の刑法第一九八条一項の賄賂とした原判決は明らかに右法条の解釈・適用を誤つたものである。

二、値上がりの確実性について

原判決は被告人沢は、右岡村に対し親引株二万二、〇〇〇株につき株券受渡日にその株主となるべき地位を取得させたことが賄賂の供与に該当するものと認定した。

そしてその論拠として、右地位は、売出価格と上場直後の値上がりにより上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益を含むものと判断し、更に右期待的利益が現存することの理由の一に、右親引株は上場直後の取引価格が、売出価格を上回ることは確実であり、このことを被告人らは予測していたことを挙げている。

この点について、原判決はその理由中において「前記4の(ル)において述べたのと同様に、日電硝子の株式についても、上場直後の取引価格が公開価格を上回ることは確実とみられていた」とし、4の(ル)によれば「……昭和四五年以降同四八年六月一日までの間に東証に新規上場となつた株式の上場始値は、そのすべてが公開価格を相当程度上回つており、それについてはそのような実態を呈するだけの合理的な諸事情があつたと認められ、本件殖産住宅の株式についても……優良株あるいは有望株として上場前から人気を呼んでいた……」と述べている。

ところで日電硝子株にあつては、殖産住宅株と異り、会社の知名度も低く、上場前に優良株あるいは有望株として人気を呼んでいた等の事情は全く無く、上場日に株価の上昇を予測させる情況は皆無であつた。

日電硝子株が上場前に人気を呼んでいたとの事実を認めるに足る証拠は第一審、第二審を通じ全く存しないのであつて、原判決は、証拠に基づかずして、右の認定を為したものと言わざるを得ない。

してみれば、原判決が、日電硝子株が、上場直後に確実に値上がりするとした根拠は、「昭和四五年以降同四八年六月一日までの間に東証に新規上場となつた株式の上場始値は、そのすべてが公開価格を相当程度上回つた。」という点につきることになる。

確かに、原判決指摘の期間の新規上場株一〇一銘柄のすべてが、公開価格を相当程度上回つたことは事実であり、そうなつた背景事情について、結果的に第一審判決争点に対する判断第一の二記述の如き分析も一つの考え方としては可能であろう。

しかしながら、日電硝子株上場の直前までの過去の事実がその後も確実に再現され、それが被告人らに予測が可能であるとするのは、如何にしても論理的に無理であり、日電硝子株以外の新規上場株の過去の例をいくら挙げてみても、「値上がりして欲しいとの期待を持つことの動機」としてならともかく、日電硝子株が上場後に「確実に値上がりし」「そのことの予測が可能であり」「被告人らがそれも認識した」ことの証明には、とうていなり得ないのである。

まして被告人沢が昭和四五年以降の新規上場株のすべての上場始値が公開価格を上回つたという事実を日電硝子株上場手続を進める過程で知つていたとのことを証明するに足る証拠は、第一審、第二審を通じ存在しないのである。

そもそも新規上場株の上場始値及びその直後の株価形成は、その時々の株式市況、国内外の経済的、政治的情勢に影響されるのは当然のことながら、更に、上場日あるいはその接近した時期に他に新規上場株があるか否か、また既上場株の中で、人気株・材料株等、投資家の注目を集める銘柄があるか否か、等々の偶然事由によつて複雑に変化する。

上場始値及びその直後の株価が、公開価格を確実に上回るというためにはこれらの諸要因を全て正確に分析把握しなければならず、これを為すのは、株式専門家をしてもおよそ不可能であり、まして、株式には全くの素人の被告人沢にその能力があつたとはとうてい信じ難い。

第一審判決争点に対する判断第一の二に指摘されるように、とくに昭和四六年から同四七年にかけては、日本経済の高度成長期にあつて、株式市況全体が好況で一般的に株価が上昇傾向にあり、これにともない、その当時の新規上場株の上場始値は、公開価格を相当程度上回つていた。

しかし、昭和四八年初め以降は、昭和四六年・同四七年当時とはその経済環境・株式環境は一変し、日本経済の高度成長は終りを告げ、むしろ低迷期へと下降し、株式市況も暴落に暴落を重ねるという混乱期に入つたのである。

即ち、昭和四八年初め頃から、中東地域の国際関係不安が、次第に表面化しつつあり、それにともない、世界的に石油危機気運がささやかれ始め、国際経済はもとより、国内経済にもこれが反映し不安材料が充満するに至つた。

この様の中で、株式市況は、米ドル一〇%切下げ、円変動相場制移行等の影響を受け、かつてない大暴落となり、更には公定歩合引上げの影響から、暴落を重ねるという事態となつたのである。

日電硝子株の新規上場手続はこのような大混乱の真只中で進められたのであり、この様な状況下での上場始値あるいは上場直後の価格の予測を、経済の高度成長のもとでの順調な株式市況上昇傾向のもとでの新規上場株の例を引合いに出して、これと同様に確実に公開価格を上回ると速断するのは、まさに暴論というの外はない。

この点に関し、第一審判決争点に対する判断第一の三・4によれば、「日電硝子公開株式の公開価額算定にあたつては、類似会社の株価平均を同年二月二六日から三月二四日までの期間のものによつているのであつて、所論株価暴落後の株価を採り入れることによつて公開価格自体当時の株式市況を相当程度反映した低額のものとしていること」「同年二月二日以降四月二三日以前に新規上場された公開株式はすべて、公開価格を上回つていること」を理由に、「当時の株式市況全体の下落傾向は、公開株式の上場始値がその公開価格を上回るという事実自体に未だ影響を及ぼすべき特別の事由たり得ない」と判断している。

日電硝子株の公開価額算定にあたつては、確かに第一審判決の指摘する如く、類似会社の株価平均は株価暴落後の株価によつており、公開価額算定時点での株式市況を相当程度反映しているものであることは、その通りであろう。

しかし、それはあくまで公開価額算定時点でのことであつて、ここで必要なのは公開価額がその算定時以降、上場日を含むその直後までの間に、株式市場全体に流れる市況下落傾向の影響を絶対に受けることは無いと上場日以前に判断し得るか否かなのであつて第一審判決の挙げる理由はその論拠たり得ない。

二月二日以降四月二三日以前の新規上場株の上場始値が公開株価を上回つたのは、それぞれの銘柄について、それぞれの何らかの要因が働いて公開価格を上回つたのであろうし、日電硝子株が、公開価格を上回つたのも、また結果的に何らかの種々の要因が上場日及びその直後に相乗的に働いて、当時の市場を支配していた市況下落傾向の影響を受けなかつたか、あるいは受けることが少なかつたからであろう。問題は、このことを上場日以前に確実に予測・認識し得たかどうか、また被告人沢が上場日以前に確実に予測し、認識していたか否かである。

およそ株式専門家をもつてしてもこの点の予測・認識をすることは不可能であろうし、まして一地方企業の一経理部長にしか過ぎない被告人沢に可能であつたとは考えられない。

通常人の感覚からすれば、かかる状況での新規上場にあたつては、むしろ、公開価格を割るのではないかとの不安を持つとみるのが常識に合する。

被告人沢をはじめ証人坂本、同桐沢等が第一審公判廷において「上がつて欲しいとの願望はもちつつも、公開価格を割るのではないかとの不安があつた」と供述あるいは証言しているのは、まさに、その当時の同人らの心境を端的に素直に表現しているとみるべきである。

そもそも昭和四七年中の株式市況が活況を呈し、株価が順調に上昇一途をたどつていた時点での殖産株の新規上場の場合と、昭和四八年初め頃の市場が低迷し、暴落に次ぐ暴落で下降一途の様相をみせていた時点での日電硝子株の新規上場の場合とを同列に置いて、同一論法で決め付けようとすること自体が、無理なのであつて、経済環境・株式市場環境の変化に対応して、それぞれに応じた検討がなされなければならない。

殖産株の場合にはあるいは妥当したかも知れぬ論拠は、日電硝子株の場合には、妥当するとは限らないのである。

かくしてみると、日電硝子株について、上場始値あるいは、その直後の株価が確実に公開価格を上回ることが予測され、そのことを被告人沢が認識していたとのことを認定するに足る証拠は、第一審、原審を通じ全くないことに帰する。

原判決のこの点に関する認定は、証拠に基づかずに為した違法があり、更にこれにより、事実の認定を誤つたものであり、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

三、入手の困難性について

また原判決は、売出価格と上場直後の値上がりにより上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益が現存することの一方の理由として、公開株式の入手が困難であつたことを挙げている。

この点につき原判決は、「前記4の(ヲ)において述べたのと同様に、日電硝子の公開株式についても、一般人がこれを上場前に入手することは困難であつた」と述べ、4の(ヲ)によれば、「原判決(第一審判決)が争点に対する判断の第一の三、8において説示しているように、……公開株式は、一般に売出されるものではあつても、実際上は証券会社から得意先や特定の関係者などに限つて売出されることが多く、一般人が上場前にこれを入手することは困難であつた」と判断している。

そして、第一審判決争点に対する判断第一の三、8によれば、その論拠とするところが、種々述べられており、確かにその指摘するように、一般的・実際的には、証券会社や売出会社に全く関係のない一般人(一般のフリーの客)が公開株式を入手することは、簡単ではないと言えるであろう。

しかし、これはあくまで一般論としてであつて、全く不可能とは言えないばかりでなく、本件についてみれば原判決は、被告人岡村はここでいうところの一般人には当たらないという点を全く看過している。

ここでいう一般人とは、証券会社にとつて、何ら特別の関係もなく面識もない全くの一般のフリーの客を指すのであつて、被告人岡村はむしろ証券会社にとつては、上得意客であつた。

証券会社にとつての上得意客とは、特定の証券会社を介して、株式の売買を頻繁に行う客をいうのであろう。

被告人岡村はかねてから、山一証券、日興証券等を通じ頻繁に株式の投機売買を行つており、それは、既発行株、公募新株、公開株、等々多種多銘柄に及んだ。

ことに山一証券にあつては、被告人岡村とは本来株券を所持し、これを持参しなければ売り注文出来ない筈の売付けを、現物なしで岡村トミコ、保延輝男、保延タツコ名義で、本件日電硝子株につき売取引を行つている程緊密且つ信用ある関係にあつた。

被告人岡村にしてみれば、山一証券に対しては同証券をして、あえて違法な売注文を受けさせる程の影響力があつたのであり、その影響力をもつてすれば、日電硝子株の公開株を同証券から買付けることなどはいと易いことであつたに違いない。

証券会社を通さずに何故被告人岡村が日電硝子に直接、親引株の割当を要求したのか、その意図するところは計り知れないが、少なくとも、被告人岡村は、日電硝子株に関する限り、証券会社にとつて、一般のフリー客ではなかつた筈である。

原判決が、唯一般的に公開株が、一般人がこれを上場前に入手することが困難であることのみを判断し、被告人岡村にとつて日電硝子株の公開株の入手が困難であつたか否かの判断を看過したのは、審理を怠り、且つ理由不備の違法は免れない。

そして、原判決が、この一般論をもつて直ちに日電硝子株の公開株について、公開価格と上場直後の値上がりにより上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益が現存することの理由の一としたことは、事実認定を誤るものであつて、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

四、原判決にいういわゆる期待的利益の現存について

原判決は「……株券受渡日にその株主となるべき地位を取得させた」ことが賄賂の供与にあたり、その地位には、売出価格と上場直後の値上がりにより上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益が含まれ、この期待的利益は、賄賂の授受時に現存したものと認定した。

原判決が、本件の賄賂が公開価格と上場始値との差額であるとした第一審判決を、上場後の変動する取引価格のうち上場始値だけを特別に重要視すべき理由はなく、被告人岡村が右の株をいつどの様に処分し、どのような利益を取得するかについての具体的な認識はなく、上場始値で処分することは特に考えていなかつたのであるから、その差益が授受可能な状態で現存したとは言えないとして、排斥したことは、その限りにおいて正当であろう。

しかしながら、このことは、尚原判決のいう期待的利益が授受可能な状態で現存したかどうかを検討するにあたつてもそのまま当てはまるのである。

即ち、原判決のいう期待的利益がいかなる意味においても存しないことについては、既述した通りであるが、仮りに観念的、抽象的に何らかの期待的利益が考えられたとしても、原判決自体認定しているように「被告人岡村が右の株式をいつどのように処分し、どのような利益を取得するかについての具体的な認識はなく」且つ「……新規上場株の価格が上場の当日においても始値、終値、安値などかなり変動しており、上場後一ケ月間の株価の高値、安値についても多様の動きがあり、上場始値よりさらに株価が上昇する例もあれば、逆に値下がりし、公開価格を下回る例もみられる……」のであるから、原判決のいういわゆる公開価格と上場直後の値上がりにより上昇した価格との差額を取得し得る期待的利益といつても、それは被告人岡村が処分するであろう時期に、公開価格を上回つていたならば取得し得るであろう差益であり、そして、更に被告人岡村がその差益を取得し得る方法で右の株式を処分したならば取得し得る差益ということになる。

とすれば、原判決のいう期待的利益なるものは、仮定に仮定を重ねた観念的、抽象的利益の範囲を出でないものであつて、とうてい、原判決が認定した授受行為のなされた時点に具体的に授受可能な状態で現存したとは言えない。

原判決は、原判決自体が第一審判決を否定した論理をもつて、自らの結論を否定しなければならない誤りを犯したものと言うべく、その論理の首尾が一貫せず、その理由に齟齬があり、右理由齟齬により、原判決のいう期待的利益が現存したという誤つた事実認定を導き、右事実誤認は、判決に影響を及ぼすこと明白である。

第二点〜第八点<省略>

第九点 控訴審判決は、株式の公開、公開価格、ディスカウントの意義評価を誤り、file_23.jpg職罪における法令の解釈を誤り論理および経験法則にそむき判例違反、憲法違反を犯しているものであり破棄を免れない。

(一) 控訴審判決は、一審判決の上場始値と公開価格との差額相当の利益が賄賂であるという認定を覆し、株券受渡期日に株主となるべき地位が賄賂であると認定した。換言すると、一審は、上場時における値上がりによる上場始値と売出価格との差額相当の利益が賄賂というに対し控訴審は株主となるべき地位であると云い全く対照的の認定をした。しかも、控訴審判決は、株主となるべき地位は、上場直後の値上がりによる価格と売出価格との差額を取得し得る期待的利益を含んだものと云い、また、一株の差額三〇円二万二、〇〇〇株分六六万円相当の利益が授受されたというのであつて、前者の株式に含まれているという値上がりによる差額を取得し得る期待的利益とは如何なるものか理解し難く、結局架空観念的なもので不合理であること上告趣意第七点(一)に説明したとおりであり、後者の一株三〇円二万二、〇〇〇株分六六万円相当の利益を授受したことになると、それは値上がりによる差額たる利益でなく、一〇パーセント、ディスカウントしたものが株式自体に含まれていたと理解するよりほかはない。かくては、控訴審判決自体が理由に喰い違いを生じ理由齟齬、理由不備の誤りを犯しているという譏りを免れない。

(二) 株式を上場する場合には、一定数の株式を公開(本件は売出公開)する必要があり、公開に当つては、公開価格(一株の売出価格)をきめねばならないが、昭和四五年六月一日大手証券会社の引受部長会の「株式公開価額算定基準に関する申し合せ」によることとなつていたので、日電硝子の場合、幹事証券会社である大和証券が、右方式に従い、類似会社として山村硝子、石塚硝子、大陽誘電の三社を選び、三社の一株当りの配当金、純利益および純資産等について比較を行い、一ケ月間の動向を勘案し、推定価格一株三〇〇円を算出し、大手証券会社七社の引受部長の申し合せできめられていた修正率一〇パーセント、ディスカウントし一株二七〇円と決定したものであつた。この一株二七〇円こそが、合理的に算出された法律に適合した公正な価格と評価され、当時における唯一無二の時価というべきものであり、公開会社にとつては、まさに額面と同じような意味合いのものなのである。

この類似会社比準方式というのは、証券会社等の深い経験に基づき逐次改善され将来形成されるであろう時価に最も近い価格が算出される方式として理論的に高い評価を受けているのであり、修正率も、上場日迄の市況等の変動リスクをディスカウントという形で修正するものとされ、これも特に有利な価格となることを避けるためにディスカウント幅が株式環境に応じ一定限度に抑えられているものとされているのである。提出の証拠に照しても、公開価格が上場時までの時価として尊重されねばならないこというまでもない。(拡大論、縮小論――過去のディスカウント率は六パーセントより二九パーセントの範囲内であつた。経済環境の動向の結果にほかならない。)

(三) ディスカウント分は、株式に含まれていると云い得るかを考えるに、ディスカウントは、上場迄の市況等の変動リスクをディスカウントという形で修正するというものであり、しかも、公開価格を決定する場合、既述に従い先ず推定価格(理論価格)を算出し、それより修正率を引いて算出決定するというその過程上の計数的金額に過ぎないものであつて、そのことからいうと、ディスカウント分は利益として存する(含まれるという意)と見るべきでなく、況んや株式がディスカウント分の経済的利益を温存しているとなすことはできない。公開価格の株式の額面的性格からもとよりのことである。

日電硝子の場合、公開価格一株二七〇円は、推定価格三〇〇円より一〇パーセント、ディスカウントしたものとは云え、一株につき三〇円は株式に含まれ、株式が三〇円の経済的利益を含んでいると見做すことは到底できないのである。

従つて、控訴審判決が、株式の売買――譲渡の際、一株につき三〇円が含まれ、これが賄賂たる不法の利益として売渡人から買受人に移転すべきものと考えるが如きは、何人も予想予期し得ないことであるばかりでなく、株式公開における公開価格、ディスカウントの意義評価を誤りその発展を阻害するものであり、ディスカウントを単なる値引きに相当するが如く考えることは、まことに非論理的で、公開価格そのものを誹謗するに過ぎない。

(四) 然らば、控訴審判決は、贈収賄罪に抱泥するの余り、今日の法制上何等疑義なく発展しつつある株式公開における公開価格、およびディスカウントの意義評価を誤り、論理および経験法則にもとりfile_24.jpg職罪の法令の解釈を誤解し、国民の人権を侵害しているものにほかならず、これ刑事訴訟法第一条の精神に基づく審理を尽さざるものであり、かつ、各種法令に違反し、事実を誤認したもので、破棄しなければ著しく正義に反し、同法第四一〇条、第四一一条に則り破棄すべきものと信ずる。<以下、省略>

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